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【戦時中の日本】新聞記者「竹槍では間に合わぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」→東條激怒→37歳で召集

管理人コメ
なんて美しい国

1: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:35:12.51 ●.net BE:462593891-2BP(2112)
竹槍事件(たけやりじけん)とは、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)2月23日付け『毎日新聞』第一面に掲載された戦局解説記事が原因でおきた言論弾圧事件

概要

問題となった戦局解説記事は同社政経部の新名丈夫記者が執筆した記事(見出し作成は山本光春)で、「勝利か滅亡か 戦局は茲まで来た」という大見出しの下でまず「眦決して見よ 敵の鋏状侵寇」として南方における防衛線の窮状を解説し続いて 「竹槍では間に合はぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」として海軍航空力を増強すべきだと説いている(#『毎日新聞』(1944年2月23日付)の記事参照)。

これは海軍航空力増強を渇望する海軍当局からは大いに歓迎されたが、時の東條英機陸相兼首相は怒り、毎日新聞は松村秀逸大本営報道部長から掲載紙の発禁および編集責任者と筆者の処分を命じられた。毎日新聞社は編集責任者は処分したものの、筆者である新名記者の処分は行わなかったところ、その後ほどなく新名記者が37歳にして召集された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A7%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6

新名の「懲罰召集」
毎日新聞は、責任者は処分したが新名は退社させず、逆に編集局長が賞を与えるなどした。
記事執筆から8日後、この新名に召集令状が届き、新名も周囲も、この「指名召集」を東條首相による「懲罰召集だ」と受け止めた。
新名は郷里、高松に行き二等兵として丸亀の重機関銃中隊にひとりで入営する。
中央からは、激戦地となることが予想される硫黄島の「球」部隊へ転属させるよう指令が届いていた。
これに対し、新名が黒潮会(海軍省記者クラブ)の主任記者であったことから、海軍が召集に抗議した。
そのため、新名は海軍の庇護と支那事変当時に善通寺師団の 従軍記者をしていたこともあり、連隊内で特別待遇を受けて3ヵ月で召集解除になった。
その際に連隊の将校から近いうちに再招集の命が下るだろうから、内地にいないほうがよい との注意をしてくれた。

その後、陸軍が再召集しようとしたが、その前に海軍が海軍報道班員として外地、フィリピンに新名を送り、新名は再召集を逃れる[21]。

新名が徴兵検査を受けたのは大正時代のことで、その世代は1人も召集されていなかった。
そのため、海軍は「大正の兵隊をたった1人取るのはどういうわけか」と陸軍を批判した。

それに対し陸軍は、新名と同世代で大正時代に徴兵検査を受けた人間を250人召集し、丸亀連隊に入営させて辻褄を合わせた。
その30代後半の老兵達は、全員が硫黄島の戦いで玉砕・戦死した。
竹槍

3: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:36:39.46 et
記者は海軍に助けられたけど巻き添えで出生したオッサンらが全滅してたワロタ

12: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:42:20.19 et
始まりから終わりまで正に日本って感じでイイね!

20: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:53:33.20 et
竹やりは日本のアイデンティティだからね
ディスるのは許されない

22: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:56:05.06 et
巻き添えで死んだ250人があまりに哀れすぎる
しかしそれもまた東條のせいなのに記者が余計なことをしたからだ!と記者のせいになるのが日本

23: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:56:32.31 et
ここまで陸海で確執があったのか

24: 自由な名無し 2015/07/08(水) 22:58:34.63 et
いかにも日本らしい事件と言える

26: 自由な名無し 2015/07/08(水) 23:01:49.06 et
批判は許さない体質
しかも批判の中身は至極真っ当
東条は改めてろくでもない奴だなと思う

28: 自由な名無し 2015/07/08(水) 23:04:10.47 et
オチが胸糞悪すぎる

27: 自由な名無し 2015/07/08(水) 23:04:01.39 et
戦前だとこんなのあったね

桐生悠々
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%E7%9F%E6%A0%E3%85

桐生 悠々(きりゅう ゆうゆう、1873年5月20日 – 1941年9月10日)は、石川県出身のジャーナリスト、評論家。本名は政次(まさじ)。
明治末から昭和初期にかけて反権力・反軍的な言論(広い意味でのファシズム批判)をくりひろげ、
特に信濃毎日新聞主筆時代に書いた社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」は、当時にあって日本の都市防空の脆弱性を正確に指摘したことで知られる。

「関東防空大演習を嗤ふ」
1933年(昭和8年)8月11日、折から東京市を中心とした関東一帯で行われた防空演習を批判して、悠々は社説「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆する。
同文中で悠々は、敵機の空襲があったならば木造家屋の多い東京は焦土化すること、被害規模は関東大震災に及ぶであろうこと、
空襲は何度も繰り返されるであろうこと、灯火管制は近代技術の前に意味がないばかりか、パニックを惹起し有害であること等、
12年後の日本各都市の惨状をかなり正確に予言した上で、

「だから、敵機を関東の空に、帝都の空に迎へ撃つといふことは、我軍の敗北そのものである」
「要するに、航空戦は…空撃したものの勝であり空撃されたものの負である」

と喝破した。

この言説は陸軍の怒りを買い、長野県の在郷軍人で構成された信州郷軍同志会が信濃毎日新聞の不買運動を展開したため、
悠々は同9月に再び信濃毎日の退社を強いられた。

38: 自由な名無し 2015/07/08(水) 23:24:16.37 et
徴兵は名誉の筈だったのに気付いたら懲罰になっていたでらござるwww

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コメント

  1. 石斧 より:

    竹槍といえば、この裏話↓コピペだけど。

    もし家族や近所に、実際に「竹やり訓練」を経験した方がおられるなら、
    その時の話しを聞いてみて欲しい。
    かなりの確率で「片手で雑巾を絞る」って訓練やってるはずなんだ。
    これ、キ●タマ捻り潰す練習ね。

    そう。
    「精神論」とか「洗脳」とかバカにされつつも、やってた訓練の仮想敵は、米軍なんかじゃない。
    敗戦と同時に跳ね上がることが予想されてた○○人グループなんだよ。(現実、そうなったでしょ)
    ヤツら、まず女子子供に襲いかかる。
    みんなわかってたんだよね。

    もちろん被害者が多く出たのは周知の事実だけど「全家庭に、先を炙った竹槍がある」って事実だけでも、
    抑止力になったはずだよね。
    少しは助かった人たちもいるんじゃないかな?
    でも、敗戦直前に「○○人から婦女子を守るために、婦人会は竹槍訓練を執り行います」なんて、公言できる?
    より危険にさらすことになるよね。
    「機関銃を持った米軍に」「気合もろとも飛んでるB29を」ってのは、そういう意味の狂言なんだよ。

  2. よみ人知らず より:

    撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ をご自身で証明されたわけですね、
    という冗談はおいといて、あの時代はへーきでそういうことが出来たんですなぁ。怖い

  3. よみ人知らず より:

    気になるのは前の話は海軍寄りで陸軍が怒るのはわかるが、後ろのは海上で止めなきゃならない海軍がヘマすると負ける言ってるんだから、海軍が怒るんじゃないの?

  4. よみ人知らず より:

    「西部戦線異状なし」だったかな? 40才くらいで徴兵された2等兵が出てくるの。
    農家からこっそり家禽を盗んで料理したエピソードが面白かった。

    切羽詰まれば37才でも40才でも兵隊にとられるときはとられる。

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